2008年07月09日

黒い経験 ~弐~

前代未聞のテレビタレントによる猟奇的殺人事件の報道は加速を増した。
霞原蝶々は何故、妊婦を殺害したのか。
憶測が憶測を呼んだ。
しかし、どれも推測の域を出るものは無かった。


曰く、殺害された篠山瞳が身篭っていた子供は、実は霞原蝶々が付き合っていた男性の子供で、三角関係の縺れによる殺害である。


曰く、霞原蝶々と篠山瞳はレズビアンの関係で、恋人の篠山瞳が霞原蝶々を裏切って身篭った為の嫉妬による殺害である。


曰く、タレントである為に表立っての出産が出来ない霞原蝶々の子供を、篠山瞳が『代理出産』しようとしていたところ、突然、篠山瞳が親権を主張し、それが認められなければ事実を世間に口外する事を仄めかした末の殺害である云々。


しかし、どれも事実とは程遠い作り話しに過ぎなかった。
警察の調べでは、篠原蝶々と篠山瞳の関係に接点を見つけ出す事は出来なかった。


動機なき殺人。


「あなたは他の人とは違うわね。目を見れば解るわ。共感は出来なくても理解はしてくれそう。少なくとも理解しようと努力はしてくれそうね」
「勿論。僕は君の唯一の理解者だよ」
精神鑑定官、雨宮辰二郎は安心感のある心地よい低音で答えた。


三十年以上も犯罪者の心の真意を見貫いてきた雨宮の眼光は、霞原喋々の瞳孔を捕らえて離さなかった。
鷹のように鋭く些細な所作をも見抜く雨宮の眼光は、どこか狸を思わせる間の抜けたつぶらな瞳に奥に隠れている。
さらに、優しい低音の声色に加え、殺気を漏らさないその瞳が相手の油断を誘うのだ。


霞原蝶蝶と雨宮辰二郎しか居ない、狭い取調べ室に短い沈黙が漂った。


「…あなたを信じてもいいのね。私が何を言っても絶対に信じてくれるって」
「ああ、勿論だよ」


雨宮は柔和な笑みを浮かべた。
  

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2008年05月05日

黒い経験 ~壱~

「あなたは他の人とは違うわね。目を見れば解るわ。共感は出来なくても理解はしてくれそう。少なくとも理解しようと努力はしてくれそうね」
霞原蝶々、本名水口のり絵は紋白蝶のような可愛らしい唇を羽ばたかせてそう言った。


その日、霞原蝶々は血にまみれていた。
血にまみれながら本下宮町3丁目を虚ろに徘徊している所を警察に連行された。
2002年6月27日午前3時12分の事だった。
その時、喋々は右手に小さな肉の塊をぶら下げていた。
一月後に生まれてくるべき胎児の頭部を、鷲摑んでいたのだ。


グラビアアイドル霞原蝶々、妊婦を殺害!


連日連夜各メディアは、そのショッキングな事件を報道し、視聴者の脳細胞に刺激的満足感を与え続けた。


殺害された篠山瞳は臨月間近で、事件さえ起きなければ翌月にはシングルマザーになっていた。
父親のわからない子供を身篭ったのだ。
しかし、彼女の両親はその事実を真摯に受け止め、生まれてくる新しい命に無償の愛情を注ぐ事を誓った。
その矢先の出来事だった。


篠山瞳はあまり人に誇れるような人生は歩んでは来なかった。
警察が霞原喋々と篠山瞳の事件上の関係を捜査していく度に、篠山瞳の遺族は両耳を塞ぎ両目をきつく閉じたくなる思いに駆られた。
何故ならば、篠山瞳の過去の汚点が幾つも幾つも滴り落ちてきたからだ。
篠山瞳の遺族は、その汚れた水滴の音を聞かざるを得なかった。
売春。
薬物。
二度の堕胎手術…。


一方、霞原蝶々の人生は篠山瞳とは対照的な華やかだった。
株式会社、『ミズクチ硝子』の社長令嬢としてこの世に生を受け、父親のコネクションを使いアルバイト感覚で芸能界に入った。
しかし、決して才能が無いわけではなかった。
得意な英語とハングル語を巧に操り、不自然な程に丁寧な言葉使いで日本刀のような切れ味の毒舌を発する。
しかも愛くるしい笑顔で斬られた心を優しく癒す術まで心得ている。
霞原喋々は瞬く間に知性と美貌を兼ね備えたトップアイドルになったのだ。


そのトップアイドルの初のスキャンダルが、殺人事件だったのである。

  

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2008年02月15日

『雨』

『雨


暗雲たる運行は陰鬱なる余韻
鵺の秘めたる悲鳴に
明朗な我も滅入ろう


嗚呼、曇天はいずれ破れ
粘り気の雨が降る
粘り気の雨に濡れて
涙も雨情と化す


栄江田小学校5年4組  籐野 満』



何とも云えない複雑な溜息を小学校教師、山本一樹はついた。
これが、小学生の詩か?
『雨』
国語の時間に一樹が生徒に与えた詩のタイトルである。
書いたのは籐野満だ。
読書家ではある。
学級委員長でもある。
そして何よりも生意気なガキである。
大人の言葉尻に微細な語彙があれば、それを挙げつくらって嘲笑う。
大体、『鵺の秘めたる悲鳴に』ってなんだよ。
鵺って妖怪じゃないか。
幾らなんでも色を付け過ぎている。
詩と云うのは本来、思考を自由に羽ばたかせて書くものだから、表現は自由であるべきだ。
であるべきではあるが、日頃の憂さもあって一樹は満に忠告した。
「鵺っていうのは架空の生き物だから、ここは普通の動物でもいいんじゃないかな」
「鵺っていうのは、トラツグミの事ですよ。知らないんですか?」
思い出すな一樹!
一樹は心中で呟いた。
収まっていた怒りが沸々としてくる。
ひと呼吸おいて、一樹は別の生徒の作文用紙をとった。



『雨


あめがぽつぽつふってまつ


そしてザーザーになりました。
そして雨がふりました
そして僕はうれしいかったです


雨はかみなり様のおしっこ


ばっちいな


栄江田小学校5年4組 あんざい しげと』



これが、小学5年生の詩か?
なぜ、ばっちいのに嬉しいのだ。
何とも云えない複雑な溜息を小学校教師、山本一樹はついた。





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2008年02月09日

母ちゃんごめん。

母ちゃんごめん。
今更もう遅いか。
俺は取り返しのつかない事をしてしまった。
だんだんと近づいてくる。


この子は本当は根の優しい子なんです。
俺が問題を起こす度に言っていた母ちゃん。
何度も万引きするたびに何度も頭を下げた母ちゃん。


ガキの頃、働いていた弁当屋から割烹着と長靴姿で授業参観に駆けつけた時、俺は母ちゃんの事をみっともないと思った。
友達の母ちゃんは綺麗な服を着て綺麗な化粧をしているのに。
割烹着と長靴姿の母ちゃんを見て、俺は惨めに思っていた。


この子は本当は根の優しい子なんです。
そんな事はもう言わんでくれ母ちゃん。
俺はどうしようもない男だ。


中学を出て働くでもなく、いつしか悪い仲間とつるんでヤクザな道に足を踏み入れた。
何度も警察沙汰を起こしても母ちゃんだけは俺を庇ってくれた。


親父が居ない事に引け目を感じていた母ちゃん。
貧乏に引き目を感じていた母ちゃん。
学が無い事に引け目を感じていた母ちゃん。


お前が悪いんじゃないみんな母ちゃんが悪いんだからお前は悪くない。
もう、そんな事は言わんでくれ。


ああ、母ちゃん。
俺は取り返しのつかない事をしてしまった。
だんだんと近づいてくる。


今更だけど、今更だけど、俺は母ちゃんに言っておきたい事があったのにもう遅い。
もう遅い。
だんだんと近づいてきた。
俺は取り返しのつかない事をしてしまったよ母ちゃん。


死ぬ時に人は自分の人生を走馬灯の様に思い出す。
と云うけれど、俺は母ちゃんの事しか思い出さんよ。
母ちゃん。
言いたい事が一つだけあるんだ。

だんだんと近づいてきた地面に頭が当たり、ぐしゃりと云う音を俺は聞いた。




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2008年02月06日

『思い出はゴミ箱に』 5

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『思い出はゴミ箱に』 4






『思い出はゴミ箱に』





やっぱりアイツはそう云うヤツなんだ。
待ち合わせの時間から30分過ぎていた。
その30分の間に、店を出ようと四回腰を上げ、思いなおして四回腰を下ろした。
そして今、五回目の腰を浮かせた。
会えなくて良かったかもしれない。
別に縒りを戻す積もりはさらさら無いけれど、会ってしまったらそういう事になるかもしれない。
もしそういう事になったらミチコは怒るだろう。
いや、怒りを通り越して呆れるかもしれないな。
懲りない女だねぇって、笑うかもしれない。
勿論、アタシは縒りを戻す気は無い。
『愛の反対は憎しみではなく、無関心である』。
なんて、マザー何とかさんが言っていたらしいけど、まさにその通りだ。
アタシはアイツを恨んだりなんかしていない。
無関心なのだ。
だから、アイツが約束をスッポかしても何とも思わない。
「ごめん」
席から立ち上がって、バックを取ろうと横を向いていた時に不意をつかれた。
シンジが立っていた。
アタシは驚いてストンと腰を落とした。


「久しぶりだな」
「うん。そうだね」
シンジが注文したシナモン・ティーが来たときに、ようやくアタシ達は会話をした。
そして思い出した。
シンジはいつもシナモン・ティーだった。
シンジはシナモン・ティーを一口啜ってマルボロを一口吸った。
その姿は少しも変わっていなかった。
八年前よりも精悍な顔つきになっている。
もし、もしも、縒りを戻したいなんて言っても…。
言ったとしても…。
一言、謝れば考えなくも無い。


アタシとシンジはぽつりぽつりと話した。
カメラマンとして順調にやっている事や、
アタシがアパートを引っ越した事や、
先月、日本に帰って来たばかりだという事や、
アタシの妹に二人目の子供が出来た事や、
来月には再びロスに戻る事や。


「え?戻るの?」
「うん」
三本目のマルボロの火を捻じり消してシンジは言った。
「それでさ」
渡したい物があるんだとシンジは言って、リュックから朱色のアルバムを取り出した。
それが何なのか私には直ぐに分かった。
アタシはシンジが写っている緑色のアルバムを持ち、シンジはアタシが写っている朱色のアルバムを持っていた。
「これを返したくて」
「え?」
「ロスに行ったら、もう会えないだろうし」
「………捨てればいいのに」
「女は簡単に出来るだろうけどさ…。」
話はもうとっくに別れた男と女という前提で進んでいた。
まだ、アタシは別れの言葉を聞いてはいないのに。
「お前が持っていた、あのアルバムは?」
「捨てたよ、とっくに」
「そうか」
やっぱりな。と言うような感じでシンジは言った。
シンジはテーブルの上に朱色のアルバムを残し、シナモン・ティーも半分残し、アタシをカフェに残して去っていった。


アタシは携帯電話でメールをした。
ミチコとトモミとサオリをアパートに招待した。
これからアタシの部屋で飲もうと思う。


今日のアタシはきっと荒れる。


おわり。




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『琉球舞台』
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2008年02月04日

嗤う者。

単なる空耳だと思っていたのに、これでは幻聴だ。
『…オノ……………』
夜になると聴こえてくる。


殺人事件の報道をテレビで見ると、ときおり被害者の顔写真と名前と年齢が画面に映し出される。
俺はそれを見る度に、知人の顔がそこに有ったらどう云う気持ちになるのだろうと思っていた。
「……会社員、遠藤弥一郎さんが胸を刺され、自宅の寝室で発見されました。先月起こった御津市の事件と手口が似ている為、同一犯の犯行とみて警察は…」
遠藤弥一郎さん(38)。
俺は遠藤の顔写真が映っているテレビ画面を呆然と見ていた。
遠藤が、殺された…。


遠藤は嫌な男だった。
アイツは俺の直属の上司で、よく一緒に営業で外回りをした。
最新型コピー機『PXV-Ⅰ 850シリーズ』のカタログを持って市内の会社、事務所を二人で回った。
機の説明をするのは俺の役目で、薦めるのが遠藤の役回りだった。


遠藤は嫌な男だった。
軽い口調と柔和な笑顔で接客し、一歩外に出ればさっきまで親しげに商談をしていた者の悪口を言い嘲笑う。
「あの男、ありゃあ出世しないな。声に覇気がない。受け答えもバカ丸出しだったしな。低学歴の部落出身者だぜ」
最低な男だ。
特にけなす所が見つからなければ、決まって、
「アイツにはオーラが無い」
と言って嗤った。


遠藤は嫌な男だった。
時々、俺を呑みに誘った。
一度呑みに行った時、もう二度とコイツとは行かないと思った。
遠藤の話しは始終悪口に尽きた。
社の内外を問わず、遠藤は罵り続けた。
きっと俺の居ない所で俺の影口を叩いているに違いない。
何度か誘いを断ってはいたが、いつまでも断り続ける事も出来い。
最後に呑んだときに、遠藤はポツリとこんな事を言った。
「最近、耳がおかしいんだよ」
「病院に行ったらいいんじゃないですか?」


『……オノ…………ナ………』
夜になると聴こえる幻聴は日に日に明瞭に鳴ってゆく。
俺は一日中アパートに篭り布団の中で耳を塞いだ。
『……オノ…………ナ…タ…』
今日で会社を休んで2日目だ。


その郵便物が届いていたのは日曜日だった。
インスタント食料を買いに近くのコンビニへ行き、戻ってくるとドアの下に小筒が置かれていた。
手のひら二つ分の大きさの小包だった。
差出人は不明だが受取人の欄に俺の名が書かれていた。


藁の人形と太い釘。
細長い和紙と細い竹筆。
小ぶりの硯と少量の墨が入った小瓶。


小包に入っていた物を取り出した。
説明書らしき物は入っては居なかったが、それが何に使う物なのかは見当がついた。
こういう冗談は嫌いではない。
俺は面白半分に和紙にあの男の名前を書いて、釘を打ち付けた。
作法は分からないが、してはいけない事をしている気分だった。
が、悪い気分では無かった。


『ヒ…オノ…………ナ…タ…』
日に日に明瞭に鳴ってゆく幻聴はどこかで聞いたことがある様な声だった。
『ヒ…オノ…ワ……ナ…タ…』
その声は俺の耳の傍で聞こえる。すぐ傍で…。
『ヒ…オノ…ワバ…ナ…タ…』


遠藤弥一郎が死んだのは俺が藁の人形に釘を打ち込んだ翌日だった。
テレビを見ていた俺は遠藤が殺された事を知り、ゴミ箱に捨てた藁の人形を拾った。
藁の人形が嗤っていた。


幻聴が頭の中に染み入る。
『ヒ…オノ…ワバ…ナフタ…』
『ヒ…オノ…ワバ…ナフタツ』
『ヒ…オノロワ…アナフタツ』
俺の耳元で、死んだ遠藤弥一郎の声がはっきりと響いた。
『人を呪わば穴二つ!!』


「手口は一緒ですね」
「ああ」
胸から血を流して死んでいる佐山克人の死体を見下ろして、若い山田が初老の阿久津に言った。
「カルト団体…ですかね」
「ん?」
「あの藁人形」
「ああ。…それも視野に入れて捜査したほうがいいな。」
「マスコミには」
「まだ伏せとけ」
「はい」


これで凶器の無い殺人事件は三件目だった。
共通点は、死因が鋭利な刃物による胸部裂傷である事と、殺人現場に残された藁人形だった。




午後11時。
いつも帰りは遅い。
最近バイトの娘が辞めたから、皺寄せが私に来る。
疲れたな…。
アパートの外付け階段を上がると、一番奥が私の部屋だ。
その私の部屋のドア前に、小包が置かれていた。




  

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2008年02月03日

『思い出はゴミ箱に』 4

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『思い出はゴミ箱に』 3







『思い出はゴミ箱に』 





アタシのフェンディは18時を過ぎていた。
『かふぇ サラスヴァティー』の壁に掛かっているシンプルな木目調の柱時計も18時を過ぎていた。
三杯目のモンスーン・マラパールはカップの半分を残して冷め始めている。
カフェの入り口のドアに備え付けてある鈴が囀る度に、ドアを見る。
出入りするのは見知らぬ人ばかり。
もう帰ろう。
遅れ人を責める気持ちは無かった。
むしろ、会えなかった事に安堵していた。 


「ぜったい会っちゃ駄目だよ、メグミ」
ミチコの言葉を思い出しながら、アタシは卓上メモに書かれた9桁の数字を見ていた。
サオリから教えてもらったシンジの電話番号。
この9桁の数字の向こうにシンジはいる。


アタシは7桁まで番号を押して消した。
会ってどうするの?
ちゃんと別れを告げずに逃げるように去って行った男だよ?
ソファに寝転がってテレビを見る。
歌番組だった。
メテオストライクスと云うパンクロックバンドが英語なのか日本語なのか判別不能な歌を歌っている。
トモミが今一番お気に入りのパンクロックバンドだ。
テレビを消した。
深夜の2時は静寂だ。
時折、バイクの走る音が遠くで聞こえる以外は。

アタシは再び携帯電話と卓上メモを取った。
8桁まで一気に番号を押す。
そして間をおいて9桁目を付け足した。
後は発信ボタンを押すだけ。


「はい」
不機嫌で不明瞭なシンジの声が電話の向こうから聞こえた。
時刻は深夜2時。
寝ていたのだろう。
「あの」
「!メグミ?」
「…うん」
八年ぶりの会話だった。
シンジは八年ぶりなのに、一言でアタシの事に気づいてくれた。


話し終わって携帯電話の通話時間を見たら58分も経っていた。
10分くらいしか経っていない様な気がしていたのに。


逢いたいと言われた。
会いたいじゃなくて、多分、逢いたい。
渡したい物があるから。
昔、よく行っていたあのカフェで。
明日の18時に。
逢いたいと言われた。


逢いたいって。
言われちゃった。



つづく



  

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2008年02月01日

ニーラカーラ物語   二夜 【巨人と小鳥】

二夜 【巨人と小鳥】


ニーラカーラ島の伝説。


昔、むかしの大昔。ある村に愚鈍だが力持ちの巨人がいた。
巨人は村人の為に潅漑用水を引き田畑を作った。
巨人は村人の言う事は何でも聞きよく働いた。


ある日、此の村に旅の占い師がやってきた。
占い師は言った。
あの巨人を始末せよ。
さもなければ惨劇が起こる。と。
村人達は名も知らぬ占い師の不吉な予言に初めは寛容に笑いで受け止めた。
しかし、その予言がしつこく繰り返されると嫌悪感を持った。
村人達は占い師を村から追いやった。
あの巨人は我々の守り主なのだ。
村人は巨人を敬愛し、巨人の為に毎日穀物を捧げた。


その穀物を目当てに山の小鳥達はいつも巨人の周りを飛び回っていた。
巨人は惜しげもなく小鳥達に穀物を分け与え、自分は一口も食べなかった。
神のごとき不思議な巨人だった。


巨人は小鳥達の為にも働いた。
小鳥達の巣作りをしたり、鷹や梟等の天敵から守ったり。
小鳥たちはお礼に、巨人の耳元で歌を歌った。
巨人は小鳥達の歌が大好きだった。
やがて小鳥達は代を重ねるうちに巣作りを忘れ、餌探しもしなくなった。
毎日、巨人の為に歌って暮らした。
巨人さえいれば事は足りた。
そして小鳥達はこの素晴らしい巨人を自分たちの物にしようと考えた。
そのためには我が物顔で巨人を使う人間が邪魔だった。
人間さえいなければ…。
小鳥達は巨人から貰った穀物をつつきながらそう思った。


ある日、小鳥達は歌うのを止めた。
巨人は訳を尋ねた。
小鳥達は答えた。
人間に歌声を盗まれたのだと。
巨人は悲しんだ。
巨人は村人達に小鳥達の歌声を返してくれるように懇願した。
村人達は困惑し、小鳥達の歌声など知らないと答えた。


其の事を伝える為に山に入ると、小鳥達が皆、地べたを歩いていた。
巨人は訳を尋ねた。
小鳥達は答えた。
人間に飛び方を盗まれたのだと。
巨人は悲しんだ。
巨人は村人達に小鳥達の飛び方を返してくれるように懇願した。
村人達は困惑し、小鳥達の飛び方など知らないと答えた。


それを聞いた巨人は、村人を一人摘み上げた。
高く高く摘み上げて、落とした。


小鳥達は言った。
人間たちは空を飛ぶ。
飛び方を盗んだから。
空から落とせば羽を出す。
飛び方を盗んだのだから。


落ちた村人はつぶれて死んだ。


狂った!巨人が狂った!
村人達は叫び、或る者は逃げ、或る者は鍬や鋤を手に取った。
村人達に襲われて、巨人は山に向かって逃げた。
逃げながら巨人は思った。
山に行けば小鳥達が狂った村人達に殺されると。
山には行けない。
小鳥達を狂った村人から守らなければ。


巨人は泣いた。
おんおん泣いた。
泣きながら村人を踏み潰した。
踏み潰してはまた泣いた。


やがて里から村人は逃げ去った。


ついに小鳥達は村人から巨人を奪った。
これで巨人は吾らのものだ。
歌えや踊れや踊れや歌え。


村人が居なくなり穀物を作る者が居なくなった。
そして、小鳥達は飢えて死んだ。


独り残った巨人はおんおん泣きながら大きな岩になった。
今でも、ガンダリ山にある巨人岩は裂け目から滾々と湧き水が出る。



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2008年02月01日

『恋は煙の如く』1

『恋は煙の如く』1


可愛いとよく言われる。
自分でもそう思う。


「ねぇ、行く?」
「え?何処に?」
知らないフリをして聞き返した。
オフィスの給湯室で、ユキとマナミが今晩の合コンの事で盛り上がっていた事は知っている。
「ゴ・ウ・コ・ン」
ゴ・ウ・コ・ン。なんてわざわざ区切って言うユキの事を馬鹿はいいなぁ、気楽で。
と思いながら、
「え、行く行く」
と調子を合わせて私は言った。
三回に一回の割合で、合コンやら食事やらのお誘いは受けるようにしている。
人間関係にヒビを入れてまで断り続けるのは得策じゃない。
今日はその三回目だ。
「ドコでやるの?」
「ん~~とね、ドコだっけ」
「ほら、あそこよ、石千寺の駅前の『グステーヴォレ』」
「え~、高いんじゃない?」
「だって、向こうの指定だもん。おごりよ、オ・ゴ・リ」
「ま、『グステーヴォレ』だったらDランクまで許す」
「え~、Bランクは欲しいよー」
「それは贅沢だよ、ユキー。でも、Aランク揃いだったら最高だね」
「ね~」
馬鹿は気楽で可愛い。


お昼休みは屋上に居る。
会社の屋上はソーラーパネルやらタンクやらで埋め尽くされて、本来ならば休憩できるような場所じゃない。
だけど、私はここでお昼を休む。
人が居ないから。


もう27になるのに、中学生や高校生に見間違われる程の童顔な私にタバコは似合わない。
親友のメグミに
「私たちはもう慣れたけどさー、トモミがタバコを吸うとドキッってしちゃうよ、知らない人は。なんか、子供に吸わせてるみたいでさー」
と言われた事をバージニアを吸いながら思い出していた。
なので、私は人目を偲んでここでタバコを吸う。
給湯室の裏口扉から容易に屋上に登れる設計のお陰で、私は我慢する事なく隠れてタバコが吸える。
この会社に入って1年が過ぎるけど、私が喫煙者である事は誰も知らない。


お昼休みが終わって、四時間後にはお仕事も終わった。
ユキとマナミと私とその他三名の計六名は、半分に分かれてタクシーで石千寺の駅前の『グステーヴォレ』へ向かった。
ユキとマナミとその他三名の計五人は、すでに今日のスケジュールに合コンが入っていたらしく、それなりの装い。
今日の私は、会社に行って帰りにコンビニに寄る予定だったので、そのような装い。


高級イタリアレストラン『グステーヴォレ』に入ると、六人の男達がにこやかに座っていた。
その中に、シンジがいた。
親友のメグミの、元彼。
メグミを捨ててロスに行った男だ。
  

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2008年01月30日

パッチン中華マン

私はお店に入って買い物カゴも取らずに一目散に冷凍食品コーナーへ向かった。
このスーパーマーケットで五軒目だ。
お目当ての品は『パッチン中華マン』。
レンジでチンしてパッと食べられるインスタントな肉まん。
それが『パッチン中華マン』。
飲料コーナーを通り、精肉コーナーを過ぎたらそこは冷凍食品コーナー。
そこに『パッチン中華マン』は有った。
『大江戸屋 高級春巻』と『パパの手作り弁当 ウマイ!シューマイ!』の群れに囲まれてたった一袋だけ有った。
ようやく五軒目にして見つけた。
私は『パッチン中華マン』を手に取ってレジに向かった。


「大変申し訳ありません、お客様。この商品は……」
売れません。と少しふっくらしたレジ担当の女の子が言う。
やっぱりダメか。
仕方が無いので、『パッチン中華マン』と姿形がよく似ている『大江戸屋 高級肉饅』を買った。250円高かった。
私はお店を出て、ドラックストアーへスバルR2を走らせた。
私のスバルR2は左後部が一箇所へこみ、右側部に二箇所スリキズがある。
私の体も傷だらけだ。



「とんでもない事です。食の安全は一体どこに有るのでしょうか。大手スーパーマーケットで発売された冷凍商品の」
『パッチン中華マン』から有機リン化合物ジクロルボスが致死量、検出されたという。
一人死亡者も出したと云う事にキャスターの葛木 義志郎が静かに怒っていた。
私はテレビのテロップの『有機リン化合物ジクロルボス』という文字を携帯電話料金引き落とし通知の封筒に書き殴った。
たまには朝からニュース番組を見るものだ。
これで私はあの男から自由になれる。かもしれない。


あの男は私を殴る。
夫と妻という関係上、容易には逃げられない。
あの男と私との繋いでいる鎖を外すには、リングを一つずつ一つずつ切り離していかなくてはならない。
法律と云う名のリングを。
「まだ、相当数の商品が回収されていないようです。テレビを御覧の皆様、くれぐれも」
食べないように。と葛木 義志郎は注意を促し、スポーツの話題に移った。


ドラックストアーへ着いた私は、買い物カゴも取らずに一目散に殺虫剤コーナーへ向かった。
携帯電話料金引き落とし通知の封筒を取り出し、書き殴られた『有機リン化合物ジクロルボス』という文字を見ながら、殺虫剤を見比べる。
『ハエコロンZZ』を買った。
豊富にジクロルボスが使われているからだ。


今日は夕食の後に肉まんを出そう。
あの男の口に合うといいけど。


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2008年01月29日

2xxx年。

カルフォルニアの海岸を恋に破れたベンジャミン・ミラーがうつ向き歩いていると、砂に埋もれた真鍮のランプを見つけた。

拾い上げ砂を払う為にランプを擦るとオッサンが出た。

「呼ばれて飛び出てふふふぬ〜〜〜ん。我輩はランプの精。ご主人様は貴様でごじゃるな。三つの願いを叶えてしんぜよう。言え」
「一つでいいです。世界を破壊して下さい」
「オッケー!」

2XXX年。世界は核の炎に包まれた。



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2008年01月29日

『思い出はゴミ箱に』 3

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『思い出はゴミ箱に』 2






『思い出はゴミ箱に』 





シンジと付き合っていた頃、アタシ達はよくこの『かふぇ サラスヴァティー』で待ち合わせをしていた。
本格的なインドのコーヒーを出すカフェで、アタシは好んでモンスーン・マラパールを飲んでいた。
シンジは…。
何を飲んでいたっけ。
もう随分昔の話だ。
ベビーゴールドに輝くフェンディをちらりと見る。
針は文字盤の上で17時45分を過ぎようとしていた。
約束の時間まであと15分だ。


「メグミ!そのアルバム捨てな!」
ミチコは荒々しく新しい缶ビールのタブをひねり開けた。
その拍子に少し泡立ったビールが数滴、床に落ちた。
「ひどい」
トモミが眉間にシワを寄せて言う。
「ホント!最低だよ、あの男は!メグミがどんな思いで、」
「誘ってよ!私も!合コン!」
「そこかい!」
ミチコとトモミの掛け合いが凄く遠くに聞こえる。
色んな疑問が湧いては湧いた。
消える間もなく湧いてくる。
シンジはいつこの町に帰ってきたのだろう。
何故、シンジは連絡をよこさないのだろう。
カメラマンの夢はどうなったのだろう。
何故、連絡をよこさないのだろう。
今、何処に住んでいるのだろう。
何故、連絡をよこさないのだろう。
何故、連絡をよこさないの。
どうして?
どうして?
どう
「メグミ!」
「はい」
ミチコの声に思わず返事したアタシの声は力弱かった。
「大丈夫?」
「え?何が?え?何いってんの。大丈夫だよ。別に」
アタシはミチコが床にこぼしたビールの水滴をせっせとティッシュで拭き、別に汚れてもいないテーブルの上もせっせと拭いた。
「大丈夫?言わないほうが良かった?」
サオリは申し訳無さそうに言った。
「ん?なによ、大丈夫よ~」
アタシは努めて明るく答えた。
「で、シンジは元気そうだった?」
もう、この話しに終止符を打とうと思いながらも、広げようとしている自分が嫌になる。
「うん」
サオリはバージニア・スリム・デュオ・メンソールのお洒落な銀箱からタバコを取り出してくわえた。
丸顔で小柄なサオリには、正直タバコは似合わない。
サオリ自身もその事は気にしている様で、アタシ達の前以外では滅多にタバコは吸わない。
中学生にしては大人びているし、高校生にしては幼い感じがする。
という位置にぴったり収まる童顔なのだ。
サオリは、吸った煙をフと吐いた。
「シンジ君ね、メグミに会いたがってるみたいだったよ」
「何言ってんのアノ男は!冗談じゃないわよ!ね!」
物の本によれば、牡牛座は穏やかで平和主義だという。
でも、牡牛座のミチコは何故か噴火しやすい。
牡牛は牡牛でも、多分闘牛なんだと思う。


「ぜったい会っちゃ駄目だよ、メグミ」
ミチコの帰り際の言葉を思い出しながら、アタシは食器を洗っていた。
そうよね。向こうが会いたいって言ったって。
と思いながらも、バーバリーのチェックウールコートは何処に仕舞ったかな。
なんて、考えていた。
食器も洗い終わって一息ついた時、アタシは携帯電話でサオリの電話番号を探していた。
シンジの連絡先を聞くために。
多分、サオリの事だからシンジの携帯番号くらいは聞いているだろう。
知らなかったらそれで終わり。
もし、知っていたら、その時は…。


つづく


  

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2008年01月28日

殺人スケッチ

有楽町で終電を逃した女に声をかけた時、コロンビアの首都ボゴタの安アパートではアントニーオが朝食を取っていた弟の頭を中国製トカレフでブチ抜いた。
自分の愛人を寝取ったからだ。


終電を逃した女に優しく微笑みかけ、車に乗せる事に成功した時、ベトナムのハノイでは古い町並みが続く細い路地で、日雇い労働者のラバとズュオンが仕事上の些細な事で口論となり、ズュオンがラバを殴り殺した。
ズュオンの右手に握られた大きな石は赤く染まっていた。


終電を逃した女の名前がキョウコだと聞かされた時、リトアニアのビリニュスでは銀行強盗に失敗し追い詰められたグァナガスが警察に発砲した。
運悪く防弾チョッキの接合面を弾丸が貫き、新人警察官カイリスは絶命した。


車を運転しながら酒に酔っていたキョウコの無駄話を聞いていた時、パラオのコロールにあるホテルでは、従業員のトミーユが無人の客室で金品を物色してた。
それを日本人観光客のリサに見つかり、トミーユはとっさにリサの首を絞めて殺した。


キョウコが酒に酔いながらも、車が人気の無い山道を走っている事に気づいた時、中国のシーアンでは麻薬と酒で脳を犯されたチュイが自分の子供を五階にある窓から外に放り投げた。
チェヂは三歳だった。


キョウコが降ろしてと騒ぎ始めたので、首筋にスタンガンを当てた時、フロリダのセントピーターズバークでは無職のバーナードが誘拐目的で登校中の子供を攫おうとした。
それを目撃した子供の父親ダグはバーナードにライフルを発砲した。
バーナードは頭の四分の一を失った。


コロンビアの首都ボゴタの安アパートで、弟の頭を中国製トカレフでブチ抜いたアントニーオが、脇腹を愛人のロザリオにアイスピックでメッタ刺しにされた時、俺は八王子にある山荘でキョウコを楽しんでいた。


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2008年01月27日

ニーラカーラ物語   一夜 【樫人形】

一夜 【樫人形】


ニーラカーラ島に昔から伝わる話。


ジャージャーバーの森にブラン家の豪邸がある。
ブラン家はニーラカーラの大地主で島の南に広大な領地を持っていた。
森の屋敷にはブラン家の大隠居の老夫婦と年をとった執事とこれまた年老いた召使いの四人の老人が暮らしていた。
執事と召使いは四十年以上もブラン家に仕えていた。
屋敷の主アジィット・ブランは信心深い好々爺で幾つも神殿を作り、町や村の発展につくした。
婦人のララジー・ブランは豊饒の女神マー・ア・ムーの巫女で若い頃はピチュ(ニーラカーラに生息する小鳥。光の具合で鮮やかな赤や緑に輝く。インコの一種)のように美しくアジィットと結ばれるまでは神の声を聞き、それを伝えた。
アジィットとララジーは七十の境を越え家督を息子達に譲り、ジャージャーバーの森の屋敷でひっそりと余生を過ごしていた。


日の出と共に起き出し、昼は森の梢の木漏れ陽の中を散策し、日暮れと共に暖炉を囲んで談笑し眠りにつく。
そんな穏やかで永劫と思われた時はララジーの静かな眠りで幕を閉じた。
年老いたララジーは安らかに女神マー・ア・ムーの元へ還って行ったのだ。
しかし、アジィットはララジーの埋葬を拒んだ。
まだ生きているのだと。
その取り乱しようは葬儀に列席した者達の胸に辛く突き刺さった。
その後のアジィットはまるで蝋人形のように精気を失ってしまった。
執事も召使いもその姿に胸を痛めた。


ジャージャーバーの森の奥に梟婆と呼ばれる魔女がいる。
巨大な樫の虚に梟と共に暮らしている魔女。
彼女の素性は誰も知らない。
お婆さんに聞いても、そのお婆さんに聞いてもそのまたお婆さんに聞いても、誰も分からない。
彼女は昔からそこに居たのだ。
梟婆は不思議な魔術を操る。
その魔術にすがって、彼女を訪れる者も多い。
ある者は、恋の成就を。ある者は死の呪いを。
彼女の気まぐれ風にうまく乗る事が出来た者は、無償で願いを叶えていった。


その魔女の元へある日二人の男が訪ねてきた。
やせ衰えたアジィットとそれを支える執事である。
アジィットは老妻ララジーの復活を望んだ。
猛禽類の様な目で梟婆は二人を見詰めた。
長い沈黙の後、梟婆は一本の樫の小枝を差し出した。


屋敷の戻ってきた二人は梟婆に言われたとおり、樫の小枝をララジーの墓に突き刺し、魔女から教えられた祈りの言葉を唱えた。
やがて樫の小枝はじょじょに人型を形成し裸のララジーができあがった。
樫の木のララジーは若く美しかった。
その日からアジィットは楽しい日々を取り戻した。
精気を取り戻したアジィットを見て、執事も召使いも胸を撫で下ろした。
しかし、樫の木のララジーは、身体こそは成熟した女性であっても、言葉も喋れない無知な赤子同然だった。
アジィットは無垢なララジーに根気よく言葉を教えた。
やがて樫の木のララジーは気品に満ちあふれる女性になった。
若いララジーを見ているとアジィットは自分まで若くなる、そんな気がした。
六十を過ぎてから危険だと言うことで止めた乗馬も始めた。


不幸は常に幸福の陰に潜む。
アジィットは落馬による打僕であっさりとこの世を去った。
いつもは大人しい愛馬が突然暴走したのである。蹄鉄の間に棘が刺さったのだ。
樫の木のララジーは狂ったように泣き叫びアジィットの死を悲しんだ。



梟婆は謎に満ちた魔女である。
ある時は村の子供の流行病を治したり、またある時は日照りで作物を枯らしたり。
人々に敬われ恐れられる魔女。
その魔女の元へ悲願を胸に秘めた者が現れた。
若きララジーと老いた執事である。
ララジーは願った。アジィットの復活を。
梟婆は何も言わず一本の樫の小枝を差し出した。


ララジーは、ベットに横たわるアジィットの遺体の胸部にそっと樫の小枝を置いた。
そして梟婆から教わった祈りの言葉を唱えた。
すると樫の小枝はみるみる人型になりベットから転がり落ちた。
床には若々しくたくましい裸のアジィットがいた。
年老いたアジィットの埋葬を済ませたララジーは樫の木のアジィットに言葉と礼儀を教えた。
やがて樫の木のアジィットは気高い紳士になった。
こうして、若きララジーと若きアジィットは幸せな日々を過ごした。


しかし、執事と召使いは幸せそうな二人を見ては困惑するのだ。
彼らは自分達が仕えるべき本当の主なのか、と。


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2008年01月24日

思い出はゴミ箱に。 2

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『思い出はゴミ箱に』 1








『思い出はゴミ箱に』




寒そうにコートの襟を立てて足早に通りを行きかうOLや、手袋の上から暖かい息を吹きかけているサラリーマンを硝子窓越しに眺めながら、アタシは熱いモンスーン・マラパールに口をつけた。
懐かしい酸味が薫る。
『かふぇ サラスヴァティー』のやさしい暖房に包まれながら、ちらりと腕に巻きつけたフェンディを見る。
17時半を少し過ぎていた。
約束の時間までまだ30分もある。


「会ったよ、私。シンジ君に」
サオリの一言にアタシの心臓がどよめく前に、ミチコとトモミがどよめいた。
お陰でアタシはどよめき損ねた。
「え?会ったって、いつよ」
ミチコがサオリに詰め寄る。その勢いでミチコはビールのアルミ缶を握り潰し、さらにその勢いで飲み口からビールが少々こぼれた。
「あーー!」
掃除したばかりの床にビールが落ちて、アタシは声を上げた。
どよめきの波に乗り損ねたアタシは妙に冷静になり、テーブルの上にあったテッシュを数枚引き抜いて床にこぼれたビールを拭いた。
拭きながらも、しっかりと耳はサオリに口元を捕らえていたけど。
「シンジ君って、このシンジ君?」
アルバムの中にいる、平たいシンジの笑顔を指差して言うトモミに、
「当たり前でしょ!」
と軽くつっこんでミチコは、
「どこ?どこ?どこで会ったの?」
とサオリに迫る。
「どこって」
「なによ。言えないトコなの?」
「でもなぁ」
「言いなさいよ」
「合コン」
ミチコの口は『ご!』の形で止まり、トモミの口は『う!』の形で止まり、アタシは心の中で『コーン!』と叫んでビールを拭く手を止めた。
「合コン……?」
妙な沈黙の後、ミチコが確かめるように言った。
「うん」
「メグミ!そのアルバム捨てな!」
ミチコは言い捨てると、新しい缶ビールのタブを荒々しく開けた。
ビールが数滴、床に落ちた。


シンジは、アタシを捨ててロスに行った。
一流のカメラマンになるにはロスに行かなければならないんだそうだ。
どういう理屈かは知らないが、そういう理屈でシンジはロスに行った。
捨てられたアタシは、捨てられたと云う事に気づいてはいなかった。
本当は気づかないフリをしていたのかも知れない。
二年経って、シンジは携帯を変えた。
三年経っても、シンジから連絡は無かった。
四年経っても、シンジから連絡は無かった。
五年経っても、シンジから連絡は無かった。
六年経っても、シンジから連絡は無かった。
捨てられたと気づいた時には、泣くタイミングも無くなっていた。
シンジが撮ってくれた思い出のアルバムだけが、ひっそりと手元に残っていた。

続き
  

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2008年01月18日

思い出はゴミ箱に。 1

『思い出はゴミ箱に』 1





本棚の後ろに思い出が落ちていた。


新年も半月を過ぎた頃、アタシは大掃除を始めた。
師走だ、ああ忙しい。
師走だ、やれ走れ!
と遊ぶことや遊ぶことにかまけて、部屋の大掃除は年が明けてからと引き伸ばし伸ばして今日。
このままでは、大掃除は今年の年末になってしまう。
その頃にはまた、遊ぶことや遊ぶことにかまけてしまうのは目に見えている。


本棚の後ろに落ちていた思い出を見つけたのは、大掃除も終盤に差し掛かった頃だった。
薄い綿埃をまとった緑色のアルバムが、一角だけ床につけて不安定な格好で佇んでいた。
アタシは本棚と壁の隙間に腕を突っ込んでそのアルバムを拾った。
拾う前から、なんの思い出が詰まったアルバムなのか見当はついていたけれど。


「で?」
「なによ」
「捨てないの?」
「捨てるわよ」
「捨てないね。アンタは」
大掃除も終わり、見違えるほどキレイになった部屋を見せてやりたくて、三人の悪友に急遽、部屋飲みの集合をかけたら三人とも来た。
暇な奴らだ。
その三悪友の一人、ミチコが缶ビールを片手に言い放った。
あの、思い出の詰まったアルバムを捨てろというのだ。


「ホントはまだ未練があるんでしょ~~」
下戸のくせにやたらとお酒を飲みたがるトモミが、色っぽい目をトロンとさせて言う。
「冗談でしょ。今日の今日まで忘れてたわよ」
またまた~。とミチコとトモミは笑った。
酒のつまみの、笑い話のネタになるかと思ってコイツ等の前にアルバムを出したワタシが馬鹿だった。
ホントのホントに忘れていたのだ。
あの男の事なんて。


「ぜんぜん変わってないよね~」
懐かしそうにアルバムを眺めていたサオリがぽつりとつぶやいた。
「変わってないよね~~、って。なに最近会ったみたいに言ってんのよ」
笑いながらミチコは缶ビールをグイッと飲んだ。


「会ったよ、私。シンジ君に」
サオリの言葉に驚いた。
ああ、耳を疑うとはこの事を言うんだなぁ。と思った。


シンジが、アタシを捨ててロスに飛んでいったシンジが、この町にいる。



続き



  

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2008年01月11日

時代に逆らう男の話

最近、街に電話ボックスが増えてきた。
その度に私は不愉快になる。


以前、岐阜県のとある村の田園風景を眺めながら歩いていると、ポツンと佇んでいる電話ボックスに出くわした。
青々と柔らかい稲穂が清涼たる風にやさしく靡いている目先に、禍々しい赤色の電話ボックス。
何という景観を損ねる配慮であろうか。


私が電話ボックスを毛嫌いしているのは、形状配色だけの事ではない。
電話という行為そのものに危機感を持っているのだ。


電話という物は、説明するまでもないが音声を電気の力で飛ばす機械である。(電話の構造については、私は門外漢なので荒々しい説明になったが、問題はそこではない)
つまり、電話で話すという事は相手との距離があると言う事なのだ。
それでは会話にならない。
会って話すからこそ、心が通じ合うのだ。
目と目をみて話すからこそ、相手が今なにを思い考えているのかが解る。
電話には温もりがない。


私は電話ボックスが増える度に、温度を感じないうわべだけの会話で事が済んでしまう若者が増えていくような、そんな危惧を感じるのだ。


(アンニョイ新書 『仰天!電話は右脳を破壊する』 著・尾楢田 瓦斯  発行1973年)





電車に乗って辺りを見回すと、携帯電話の画面とニラメッコをしている若者は必ずいる。
最近はそんな見るに堪えない行為も、若者の特権ではなくなった。
なんと、40代をとうに越えたであろう中年も、黙々と携帯電話の小さなボタンを忙しく押しているのだ。
嘆かわしい。


私は、その機械的で無機質な行動にゾッとする。
生身の人間が、あの小さな携帯電話と云う機械に同化してしまったのではないか。
そのような事を思わずにはいられない。


携帯電話と云いながら、電話で話す素振りは見せない。
勿論、電車内だから当然の事ではあるが、電車外でも彼らは携帯電話で話さないのである。


では、なにをするのか。


電子メールである。
電子メールと云うのは、電子の力でメールをする事である。(電子メールの構造については、私は門外漢なので荒々しい説明になったが、問題はそこではない)


自分の都合のいい時に電子メールを送り、相手も自分の都合のいい時に電子メールを見る。
これでは、相手を思いやる心が育たない。


ちょっとした用件でも、電話できちんと話すべきである。
声には温もりがある。
たとえ離れていても、声さえ聞けば温もりを感じるものなのだ。
いや、目の前に居ないからこそ、声色の微妙な感情を読み取る。
それは、相手を思いやる事なのである。


電子メールを打ちながら歩く若者を見る度に、私は一方通行な想いの行き先を案ずるのである。


(アンニョイ新書 『驚愕!!電子メールは心を破壊する!』 著・尾楢田 瓦斯  発行2006年)





ポスティング・レターと云う行為が、全国的に流行っている。
なんの事はない。
つまり、葉書や手紙を書いてポストに投函する事である。
私が幼い頃はポスティング・レターだった。
もっとも、そんなお洒落な呼び方では無かったが。


今や、Eメールは急用や確認事項だけの使用になった。


クリスマスにはカードを送り、新年には年賀状を送る。
勿論、公的なイベントだけではなく、誕生日の祝いの言葉や、そのほか日記的な出来事までポスティング・レターする。


書店に行けば、ポスレ専用のグッズが所狭しと並べられている。
やはり、自分の気持ちは心を込めて手書きで。
と云う事であろうか。


しかし、今やエコの時代である。
手紙や葉書などで、貴重な資源を使うべきでは無いのではないか。
電子メールという最高の通信手段があるのに、わざわざ時間と資源を使ってポスレをするというのは、愚の骨頂である。
電子メールには、顔文字と云う癒しの文化がある。
電子メールは迅速に気持ちを使える事の出来る最高のツールだ。


ポスレ専用グッズが売れる度に、地球の資源が少しずつ少しずつ蝕まれていく。


私は、ポストに手紙を投函する者を見る度に、地球の悲鳴が聞こえる、そんな気がするのだ。


(アンニョイ新書 『戦慄!!!ポスレは地球を破壊する!!』 著・尾楢田 瓦斯 発行2013年)





  

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2007年11月15日

知ってはいるが、識らないと云う事

知ってはいるが、識らないと云う事がある。


この瞬間にも、世界には死にゆく子供達がいる。
そんな事くらい多くの日本人は知っている。
が、実際の現状を識っているわけでは無い。


例えば、4円で失明や病気から子供を守れるビタミンA剤を一つ届ける事が出来る。


例えば、14円で鉛筆やノートを贈る事が出来る。


例えば、18円で一人の子供を麻疹から救えるワクチン一回分を打つ事が出来る。


例えば、100円でポリオのワクチンを7つ作り、7人の子供を救える。


救える可能性が有るのだ。
地べたに落ちているアルミニウムの円盤でも。


しかし、多くの日本人はその、落ちているアルミニウムの円盤を、直径2センチの円盤を無視するだろう。


『魚を与えるのでは無く、釣り竿を与えるべきだ』
という意見もあろう。
しかし、彼らはその釣り竿を持つ力さえも無いのだ。


所詮は対岸の火事。


それは、私に言わせれば、
100人が失明すれば、400円が浮く。
1000人が麻疹に罹れば18000円が浮く。
70000人がポリオで死ねば1000000円が浮く。
という極めて卑しくいじましい意見にしか聞こえない。


ならば、私は逆に問う。


一日に吐き出される排気ガスの量を半分に削減するには、何人の自動車免許保持者を殺せばいいのだ。
緑地が伐採され、砂漠化してゆく大地を救うには何人の、



「これは、ちょっと」
記事には出来んな。
モータースポーツ専門誌『スーパーモート』の編集部、小倉和己は呟いた。
彼は、フリーライター間宮章信に、モータースポーツとエコロジーをテーマにコラムを依頼した。
取材の過程で何が有ったのかは知らないが、小倉のPCメールに送られて来た原稿は、彼の意図したものとは違っていた。


小倉と間宮の付き合いは長い。
間宮の記事は例え小さなコラムでも、徹底した取材の裏付けが有った。
トラツグミの生態の記事を書くのに、この渡り鳥がやってくる季節の気象を詳細に調べたりする。
それは、無駄では無いかと言えば、この知識はいずれ役に起つと言う。
そして実際に別の記事にその知識は生かされるのだ。
取材に入れ込み過ぎ、文章が多少感情的になる場合もあったが、それも一つの『味』だった。


そんな間宮が書いた、今回の記事は、少し異常だった。
いくら、いつもの様に取材に没頭していたとしても。
テーマの的からずれているし、文字数の制限も遙かに超えていた。
小倉が知る限り、間宮はこのような事は一度もなかった。


編集部として、小倉は書き直しのメールを間宮に送った。
長い付き合いの中で初めての事だった。
しかし、朝になっても間宮からの返信は無かった。
これもまた、長い付き合いの中で初めての事だった。


間宮がメールを返信できる精神状態では無かった事を、小倉が知ったのは、朝のテレビ番組『グローバルモーニングシックス』で38人を殺害した通り魔殺人の報道を見た時だった。






  

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2007年11月03日

遺書

年に一度は自殺を考える。
数年前は、正体不明の厭世感に挫けそうになって、そう謂う事を考えたりしたが、最近は興味本意に考える。


死後の世界の存在の有無。
有るのならば、どんなトコロなのか。


『どんな所』と書くのを、『どんなトコロ』と書いている事からして、非常に死を軽く考えている。


自殺をしてはいけません。


巷ではそう言いう風潮が張りつめている。


何故かと問えば、道徳的見地から、倫理的見地から、人情的感情からの理論と哲学の縄で雁字搦めて説得される。


その中で、一番強い縄は、宗教的思想だろう。


自殺したら浮かばれませんよ。と。
自殺しても苦しみからは解放されませんよ。と。
地獄行きですよ。と。



中学生の時、歴史の時間に仏教の伝来を習った。
最澄と空海のハナシ。


真言宗の祖である空海の即身成仏に途轍もない違和感を感じた。
空海は生きたまま仏に成るために穴蔵に入ってミイラになった。
それは単なる自殺ではないのか?
仏教を深く深く深淵の果てまで学んだ人からすれば、僕の考えは浅はかだと言うだろう。
しかし、いくら空海の所業を神格化しようとも、自殺は自殺である。


そう考えていた僕は、やはり浅はかだった。


今はこう想う。


自殺する事は、悪くはない。
この世が厭になれば死ねばよい。


問題は、死ぬ直前に何を胸に抱いて逝くか、である。


百歳を超え、大往生しても、召される間際まで、死にたくない!死にたくない!死にたくない!と生に執着するならば、安らかな死後は無いと思う。
二十代で、高所から転落しても、絶命する瞬間に、我が人生悔いなし、と悟るならば、昇天する気がする。


自殺もしかり。


自殺がいけないと云うのは、その殆どが、恨み、辛み、妬みで世を呪って死ねからだと思う。
たとえ自殺で有っても、その動機が、純粋な好奇心ならば、あるいはすんなりと昇天するのではないか。
希望を持って、ワクワク浮き浮きしながら、明るく自殺をすれば。


おそらくは、空海もそうだったかも知れない。


微塵の恐怖心も後悔もなく、仏に成ることの歓喜のうちに生を絶ったのではないだろうか。


自殺しようが、事故死しようが、病死しようが、他殺されようが関係はない。
死に入る瞬間の心境でアノ世の世界は千差万別する。



長い長い前置きになりましたが、今から僕は死にます。
僕の死に、深い訳がないのは分かって頂けたと思います。
ただの好奇心です。
僕の興味はこの世にはなくあの世にあります。


今の僕は死ぬという事に強烈な希望を抱いています。


今から『エス●ロン●カ』を200錠呑みます。
致死量は100錠だけど、万全を期して。


死に行く自分を見詰めながら逝きます。


みなさま、さようなら。



2007年、11月3日 


●午前3時18分。


薬を150錠全部のむ。
途中で喉が拒否をして、呑むのに20分以上かかってしまった。
残り50錠ほど残ったが、無理そうなので残す。
身体の変化な無し。


●午前3時27分。
冷や汗が出てきた。
手と足の指先が冷たくなる。
立ってみたら、多少浮遊感がある。


●午前3時56分。
寒い。
震えが止まらない。
指先が氷りのように冷たい。
キーボードが打ちにくくなった。


午前4じ5分。
呼吸が少し苦しくなった。
さっきからずっと深呼吸を続けている。
遠くて鈴のような音がする。


午前4時


やばい。こわいどうしようこわい


ごz






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