2008年04月06日

椿が落ちる夜 

 椿が落ちる夜       第一稿
                                 作 我那覇孝淳
   

   夜の公園。
   舞台中央、女が夜空を見上げてベンチに座っている。
   男が現れる。
   男、ベンチに座っている女に話しかける。



男   …ごめん。早かったね


   女、見上げている顔を正面に戻す。   


男   あ、すいません…


   男、どうやら人違いだったらしく、気まずそうにする。


女   綺麗ですね
男   え?
女   ほら、天の川
男   ああ
女   どうぞ。(端に寄る)待ち合わせ。でしょ?
男   ええ
女   誰も来てませんよ。私、ずっとここにいましたから
男   そう……ですか。


   男、ベンチに座る。


女   似てました?
男   え?
女   私。待ち合わせの人に。さっき声をかけたから
男   ああ、すいません。ええ、少し………


   


男   あの
女   はい
男   いつから、ここに?
女   黄昏時から
男   たそがれ?
女   私、夕方が一番好きなんです。一日の中で。青色から藍色に変わる間の
     あの夕焼けが。少しずつと世界が熔けて行くようで。死にたくなってしまう
     くらい好きなんです。夕焼けを見ていたらいつの間にかこんな時間に


   沈黙。
   男、時計を見る。



女   来ませんよ。彼女
男   え?
女   ごめんなさい、そんな気がして…ごめんなさいね。私、思ったことをすぐ
     口にしてしまうんです
男   どうして…どうして来ないって
女   ……なんとなく
男   なんとなく?
女   なんとなくそう思っただけです。気にしないでください


   間。


女   もったいないですよね
男   何が、です
女   この高台。こんなに見晴らしがいいのに誰もこない
男   そうですね
女   どうしてですかね
男   いつでも来れるから。じゃないですか?
女   いつでも
男   はい、いつでも、来ようこうと思えば来れるから
女   不思議ですね。いつでもいける所は結局行かずに、なかなか行けない所
     は無理してでも行こうとする
男   そうですね。不思議ですね。………まだ、ここにいます?
女   今日はあたたかいから、まだゆっくりしていこうかと思ってます
男   ……ひとつ頼まれてくれませんか
女   ……いいですよ
男   実は僕、今日ここで、彼女と別れ話するつもりなんです。……邪魔の入ら
     ないところでじっくりと話しようと思って。今日ここに呼び出したんです
女   …そうですか。それで私に何を?
男   その…。僕の…、僕の新しい彼女の振りをしてくれませんか
女   あなたの?
男   はい
女   でも、邪魔の入らない所で、二人だけで話すんじゃあ
男   そう思ってたんですけど、決定的な何かがあった方がいいんじゃないかっ
     て思って。今思いついたんですけど
女   決定的な…。他に好きな人が出来た。っていう?
男   はい
女   彼女を傷つけてでも、別れたいんですか?


   間。


男   努力は…努力はしましたよ。傷つけないように。でも、彼女は聞き入れて
     はくれなかった。僕の気持ちはもう…離れてしまっているのに
女   ………
男   お願いできますか。
女   ……はい。でも、恋人同士なら、名前を知らないといけませんね
男   そうですね。お名前、よろしいですか?
女   つばきです
男   つばき?
女   どうしました?
男   …いえ
女   じゃあ、あなたの事、歩って呼びますね
男   え
女   どうしました?
男   どうして僕の名前
女   さっき言ったじゃないですか?
男   さっき?
女   ええ、言いましたよ、ご自分で
男   そう……ですか
女   彼女の名前は?
男   ああ…あの…つばき、です
女   あら、私と一緒
男   ええ
女   偶然ですね。こんな偶然ってあるのかしら。そう。つばきさんて言うの、あ
     なたの彼女。じゃあ、私の名前を変えなくちゃいけないわね


   間。


女   姉がね、姉がつけた名前なの、私の名前。私が生まれた時に、庭に椿の
     花が咲き乱れていて、それを見た姉がね、私につばきって 
男   そうですか
女   つばきさんは、あ、貴方の彼女の。お姉さんはいるのかしら
男   たしか一人。でも、亡くなってしまったみたいですけど
女   そう…ですか…
男   どうかしました?
女   私の姉も、亡くなってしまったの。こんな偶然ってあるんですね。ますます
     逢いたくなったわ。つばきさんに


   間。
   男、腕時計を見る。



女   (夜空を見上げて)綺麗ですね。
男   ええ。ちょっと、冷えてきましたね。寒くないですか。
女   いいえ
男   そうですか
女   どんな人です?つばきさんって
男   どんな人って…
女   彼女が来るまで、彼女の話を聞かせて下さい。同じ名前だし、気になるわ
男   んーーー
女   どうして亡くなったんですか?つばきさんのお姉さん
男   さぁ。病気か何かか。詳しくは。つばきは…彼女はそう言う事は話したがら
     なかったから
女   そうですか
男   (腕時計を見て)遅いな…
女   泣いたらどうします?
男   泣いたら?
女   あたなと私を見て、つばきさんショックで泣いてしまうかも 
男   泣いても…泣いても最後まできちんと話はします。ちゃんと納得するまで
女   死んでしまったら?悲しみのあまり、そこの柵を越えて(前方を指す)飛び
     降りてしまったら?
男   どういてそういう事を言うんです
女   私の姉は、飛び降りたんですよ。飛び降りて死んだんです。夕日に染まっ
     たビルの屋上から。愛した男に裏切られて
男   別に、僕は裏切ったわけじゃあ
女   歩!
男   (少し驚いて)はい
女   …彼女も、そんな風に呼ぶんですか?
男   はい…
女   どうしました
男   いや…今の言い方、つばきにそっくりだったから…


  男、しばらく女を見つめて。   


男   似てます。つばきによく似ている
女   (ほくそ笑んで)そうですか。………どうして嫌いになったんです
男   嫌いになったわけじゃあ
女   好きじゃなくなった
男   ………そうかも知れません
女   それじゃあ、つばきはどうしたらいいかわからないわね
男   ……
女   いっその事、嫌いになってくれた方がいいのに。『好きじゃ無くなった』…
     あなた、ある日突然、つばきにそう言ったのよね。少しずつ少しずつ好き
     じゃ無くなっていったのに、あなたはそれを隠して、好きなフリを続けて、
     愛しているフリを続けて、
男   つばき、さん?
女   この人になら全てを委ねてもいいと思った時に、あなたはつばきに『好き
     じゃ無くなった』って言った。突然。なんの前ぶりも無く
男   何を…
女   可哀想なつばき…。なんでも私の真似をして…。つばきはあなたを待って
     いました。真っ赤な夕日を見ながらここに座って。あの子は耐えられなか
     った。あなたが来るまで、ここに座って。一人で、一人で、一人であなた
     を待っていたの。傷つく為にここに座って。
男   あなたは一体…
女   妹は、そこの手すりを飛び越えました
男   !
女   黄昏の中にとけ入る様に飛び込んで
 

  男、立ち上がって高台から下をみる。


男   そんな…
女   つばきは、あなたの名前を叫んで飛び降りたのよ。歩さん。あなたの名前
     を叫んで…黄昏の中に…溶けて入ったのよ… 
  
   男、振り返ってベンチを見る。
   女の姿は無い。
  
                           
                                            完



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Posted by koujun at 09:25Comments(2)TrackBack(0)戯曲

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Posted by koujun at 18:47Comments(2)TrackBack(0)コント