2008年05月05日

黒い経験 ~壱~

「あなたは他の人とは違うわね。目を見れば解るわ。共感は出来なくても理解はしてくれそう。少なくとも理解しようと努力はしてくれそうね」
霞原蝶々、本名水口のり絵は紋白蝶のような可愛らしい唇を羽ばたかせてそう言った。


その日、霞原蝶々は血にまみれていた。
血にまみれながら本下宮町3丁目を虚ろに徘徊している所を警察に連行された。
2002年6月27日午前3時12分の事だった。
その時、喋々は右手に小さな肉の塊をぶら下げていた。
一月後に生まれてくるべき胎児の頭部を、鷲摑んでいたのだ。


グラビアアイドル霞原蝶々、妊婦を殺害!


連日連夜各メディアは、そのショッキングな事件を報道し、視聴者の脳細胞に刺激的満足感を与え続けた。


殺害された篠山瞳は臨月間近で、事件さえ起きなければ翌月にはシングルマザーになっていた。
父親のわからない子供を身篭ったのだ。
しかし、彼女の両親はその事実を真摯に受け止め、生まれてくる新しい命に無償の愛情を注ぐ事を誓った。
その矢先の出来事だった。


篠山瞳はあまり人に誇れるような人生は歩んでは来なかった。
警察が霞原喋々と篠山瞳の事件上の関係を捜査していく度に、篠山瞳の遺族は両耳を塞ぎ両目をきつく閉じたくなる思いに駆られた。
何故ならば、篠山瞳の過去の汚点が幾つも幾つも滴り落ちてきたからだ。
篠山瞳の遺族は、その汚れた水滴の音を聞かざるを得なかった。
売春。
薬物。
二度の堕胎手術…。


一方、霞原蝶々の人生は篠山瞳とは対照的な華やかだった。
株式会社、『ミズクチ硝子』の社長令嬢としてこの世に生を受け、父親のコネクションを使いアルバイト感覚で芸能界に入った。
しかし、決して才能が無いわけではなかった。
得意な英語とハングル語を巧に操り、不自然な程に丁寧な言葉使いで日本刀のような切れ味の毒舌を発する。
しかも愛くるしい笑顔で斬られた心を優しく癒す術まで心得ている。
霞原喋々は瞬く間に知性と美貌を兼ね備えたトップアイドルになったのだ。


そのトップアイドルの初のスキャンダルが、殺人事件だったのである。

  

Posted by koujun at 20:21Comments(3)TrackBack(0)小説